こんにちは、丸山芽美です。

ブログを読んでいただいてありがとうございます。

自分の心、子どもの心、とにかく人間なら誰でも、怒り、嫉妬、恐怖、悲しみ、その他あまり抱きたくない感情は、人間ならば普通に抱くもの。

そんな感情を抱くことを嫌ったりしすぎないで欲しいなと思います。

否定的な感情を抱いた時、恥や罪悪感を感じますか?

そのような場合、幼い頃から、そんな感情を抱くことを悪いことだと感じさせる雰囲気だったかもしれません。

でも本当は、誰にでもそのような感情は抱くもので、恥でも罪悪でもない。

尿意を感じてはいけません!なんて言いませんよね〜

そんな感覚ですけどね。

自分の子どもが怒っている時、やきもちを焼いてる時、ネガティブな感情を抱くことを悪い子だ!と感じさせたり罰を与えることなく、安心して吐き出させてあげられると良いですね。

自分自身の時も同じです。

否定しないで聞いてもらえる人に吐き出すのが良いですね。

そんなことができず、こじらせていくと、癇癪、叩く、物を投げるなどを相手の気を引くため、思い通りにさせるため、分からせる手段として使うことがあります。

子供の癇癪とか、大人でも物を投げる、手を出す、怒鳴るなど乱暴な場合は、その原因をちゃんと探すことが必要ですね。

例えば、こちらの言い方はどうだったのか?

自分の気持ちを押し付けていないか?

こちらの非を考えてみる。

それとともに、相手の心の欲求は何かな?

嫉妬、劣等感などの自分自身の弱さを認めたくないし出せない隠したい。

何か背景が隠れています。

そんな感情を汲み取りながら、注意して欲しいのは、

癇癪やそれら乱暴な行為は、相手を自分の思い通りにする手段となっているかもしれませんので、そこは断固として受け入れられないと信念を持って、人を傷つけて甘える方法は受け入れてはいけません。

そこは自分の境界線をしっかり引かなくてはいけないところ。

相手とともにそれぞれ自分自身の価値を実感し、精神性の向上に取り組んで、思いやりの心を持って良き理解者として接していけば、改善できていきます。

文章にしてこんな簡単に収まることではありませんし、根気が必要ですが。

泣くのも、怒るのも、嫉妬、みっともなくて恥ずかしいと教わったかもしれないけれど、誰もがみんな抱く感情。

それを否定することなく、受け入れたら、感情が成仏されて消えていく。

立派な人間を演じようとするからおかしくなる。

立派じゃなくたっていいのいいの。

本当、人間て弱いんだからね^^